財務諸表ケース【問題】 2026-09-12

財務諸表ケース|PL・BS・CFから企業の財務状態と経営課題を読み解く 財務・会計

財務諸表ケース【問題】 2026-09-12

今回のテーマ

事業承継 ― 数字は良い。しかし、承継後も同じ会社価値を維持できるのか?

今回は、利益もCashも比較的良好な会社を題材にします。

財務数値だけを見ると「特に問題はなさそう」に見えます。しかし、事業承継では、会社のPL・BS・CFだけでは判断できません。

株式、個人保証、後継者の資金、キーパーソン、顧客との関係、技能承継、家族間の公平性、今後の設備投資などが同時に絡みます。

ケース

東海精密部品株式会社(架空)は、産業機械・自動車関連向けの精密加工部品を製造しています。

創業38年。現社長A氏(68歳)が創業者で、3年以内の事業承継を考えています。

従業員は95名です。

直近年度の会社業績

  • 売上高:36億円
  • 営業利益:3.2億円
  • EBITDA:4.1億円
  • 当期純利益:2.0億円
  • 営業CF:3.6億円
  • 年間CAPEX:1.3億円
  • 現預金:5.5億円
  • 有利子負債:4.2億円
  • 純資産:15億円
  • 年間元本返済額:0.9億円

売上・利益はここ4年間おおむね安定しており、借入返済も問題なく行えています。

金融機関からの評価も悪くありません。

承継に関する状況

A氏の長女B氏(39歳)が現在、取締役営業本部長として勤務しています。

B氏は入社10年目で、大口顧客との新規案件獲得実績もあり、本人には承継意思があります。

一方で、製造部門での経験は少なく、古参幹部の一部には「営業は分かっていても工場経営は別」という見方があります。

現社長A氏は、3年程度をかけてB氏へ経営を引き継ぎたいと考えています。

株式保有状況

  • A氏:78%
  • A氏の配偶者:7%
  • B氏:15%

会社の概算株式評価額は、現時点で約18億円です。

B氏がA氏保有株式のすべてを個人資金で買い取ることは現実的ではありません。

B氏以外に相続人として弟C氏がいます。C氏は会社経営には関与していません。

A氏は「会社はB氏に任せたい」と考えていますが、C氏との相続上の公平性も気にしています。

税務・法務上の具体的な承継方法については、まだ専門家との最終整理をしていません。

現社長個人の状況

A氏の主な個人資産は次のとおりです。

  • 預金:約7,000万円
  • 自宅:約5,000万円
  • 賃貸不動産:約1.8億円
  • 会社に貸している工場敷地:約2.4億円相当

この工場敷地はA氏個人名義ですが、会社が使用しており、会社借入の一部について担保設定されています。

また、A氏は会社借入4.2億円の一部について個人保証を行っています。

A氏は退任時に役員退職金として2.0〜2.5億円程度を受け取りたい意向があります。

一方、会社側では今後の投資計画があります。

数字にはまだ十分表れていない事実

1.新規大型案件

現在、新規顧客との大型商談が最終段階にあります。

受注できれば、2年後から年間売上約6億円の増加が見込まれます。

ただし受注条件として、

  • 新加工設備の導入
  • 品質保証体制の強化
  • トレーサビリティシステムの導入

などが求められています。

必要投資額は今後18か月で約2.5億円と試算されています。

まだ正式受注ではありません。

2.技能承継

主力製品の製造条件や設備調整について、製造部長D氏(63歳)の経験に依存している部分があります。

D氏は2年後の退職を希望しています。

一部の加工条件は文書化されていますが、異常時対応や微調整はD氏の経験に依存しています。

若手2名を後継候補として育成していますが、現場では「まだ一人では任せられない」と評価されています。

3.顧客関係

売上上位3社で全売上の48%を占めます。

この3社との関係は長年A氏自身が築いてきたもので、重要な価格交渉やトラブル対応では現在もA氏が前面に出ています。

B氏も顧客との接点はありますが、A氏と同じ関係性まで移行できているとは言い切れません。

4.組織

B氏は、承継後に

  • 技能継承プログラム
  • 若手管理職育成
  • 生産管理システム更新
  • 品質保証人員の増強

を進めたいと考えています。

これらを実行すると、短期的には人件費・教育費・IT投資が増える見込みです。

A氏は「利益が出ているうちに投資するべきだ」と理解している一方、退職金・株式承継・家族への資産分配も同時に整理したいと考えています。

会社・個人・家族・金融機関で判断軸が違う

会社にとっては、承継後も競争力を保つために、Cashを一定程度残し、設備・人材へ投資する必要があります。

一方A氏にとっては、退職後の生活資金確保、個人保証の解除、工場敷地の扱い、相続人間の公平性も重要です。

B氏にとっては、経営権を確保する必要がありますが、多額の株式取得資金を個人で負担することには限界があります。

金融機関にとっては、A氏退任後も顧客関係・製造能力・返済能力が維持されるかが重要です。

ここで考えてみましょう

問1

現時点で財務内容が良好だからといって、A氏からB氏へ株式と経営権を早期に移して問題ないと判断できるでしょうか。

承継時期・株式の持たせ方・A氏の退職金・個人保証・工場敷地・今後の設備投資を考える際、何を優先して整理すべきか考えてください。

問2

この会社の企業価値を今後3〜5年維持・向上させるうえで、財務諸表だけでは判断できない重要事実は何でしょうか。

新規大型案件、技能承継、顧客関係、古参幹部の支持、後継者育成などのうち、どの要素が将来の売上・利益・Cash・借入返済力へ最も大きく影響すると考えるか、その理由も整理してください。

※今日は問題編です。結論や具体的な改善策はあえて記載していません。

明日の解答編では、単にPL・BS・CFを見るのではなく、

「今の数字が良い理由は承継後も続くのか」

という観点から、会社財務・オーナー個人・家族・後継者・従業員・顧客・金融機関の利害をつなげて整理します。

そのうえで、承継時期、退職金、株式移転、設備投資、技能承継、個人保証解除などをどの順番で考えるべきかを検討します。

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