財務諸表ケース【問題】 2026-09-19

財務諸表ケース|PL・BS・CFから企業の財務状態と経営課題を読み解く 財務・会計

財務諸表ケース【問題】 2026-09-19

利益もCashも好調。それでも、今のうちに採用と賃金制度へ大きく投資すべきか

今回は、財務数値は良好なのに、将来の成長能力と事業継続力に不安がある会社を題材にします。

単に「人件費が増えるから利益が下がる」「採用できれば売上が増える」と考えるのではなく、現在の利益を生んでいる現場能力が今後も維持できるのか、短期利益をどこまで犠牲にして人材基盤を作るべきか、という視点で考えてみてください。

※以下は学習用の架空ケースです。

ケース

東都メンテナンス株式会社は、工場や物流施設向けの設備保守・改修を行っています。従業員160名、うち現場技術者は72名です。

直近期の業績は比較的好調です。

  • 売上高:52.0億円
  • 営業利益:5.2億円
  • 営業CF:6.0億円
  • 現預金:12.0億円
  • 有利子負債:7.0億円

既存顧客との年間保守契約の更新率は94%で、解約は少なく、主要顧客からの評価も高い状態です。今後24か月の新規・増額案件のパイプラインは約15億円あり、営業部門は「受注機会は十分ある」と見ています。

数字だけを見ると、急いで大きな経営変更を行う必要はないようにも見えます。

しかし、現場では別の問題が進んでいます。

技術者の年齢構成

72名の技術者のうち31名が50歳以上で、8名は3年以内に定年年齢を迎えます。

特に、難易度の高い設備診断や顧客ごとの特殊仕様を理解しているベテラン4名への依存度が高く、重大トラブル案件の最終判断は、この4名のいずれかが行っているのが実情です。

マニュアルは存在しますが、異音・振動・設備履歴などを組み合わせた判断の多くは経験則に依存しています。

若手社員からは、

  • ベテランに質問できる時間が少ない
  • 教える人によって内容が異なる
  • 一人前になるまでの基準が分かりにくい

という声が出ています。

一方で、若手技術者の離職率は直近2年間で上昇し、年間離職率は4%から9%になりました。

採用市場の変化

会社は来年度、経験者12名を採用する案を検討しています。

しかし、採用会社からは「現在の給与水準では12名の確保は難しい」と言われています。

現在の既存技術者の月例給与は、同程度の経験年数で概ね42〜46万円です。一方、採用市場では48〜52万円程度を提示しなければ経験者を獲得しにくい状況です。

新規採用者だけを高い給与で採用すると、既存社員との給与逆転が発生します。

人事部は、新規採用だけでなく、既存技術者38名の給与レンジも見直す案を提案しています。

この場合、採用増と賃金改定を合わせて、年間人件費は約2.1億円増加する見込みです。採用費・研修費等として初年度に別途約0.4億円が必要です。

さらに、新人が単独で顧客対応できるまで平均9か月程度かかり、その間は教育担当者の稼働時間が減るため、初年度は一時的に現場生産性が下がる可能性があります。

経理部の試算では、他の条件が変わらなければ、初年度の営業利益は現在の5.2億円から3億円台前半まで低下する可能性があります。

何もしない場合にもコストがある

一方、現状の採用・賃金制度を維持すると、短期的には高い利益水準を保ちやすくなります。

しかし現場責任者は、今の人員構成のままでは、2〜3年後に大型契約を同時に複数受注することが難しくなると見ています。

営業部では、技術者不足を理由に提案できない案件が出始めています。今後の人員確保が進まなければ、年間5〜7億円程度の案件について、入札や提案そのものを見送る可能性があります。

外注を増やす選択肢もありますが、主要顧客の一部は「重要設備の保守は自社技術者を中心に対応してほしい」と要望しています。

また、ベテラン4名のうち1名は「2年後をめどに働き方を見直したい」と上司へ伝えています。ただし、退職を決めているわけではありません。

プラス材料もある

若手技術者の中には、設備データを使った診断手法や遠隔支援に詳しい社員が育ち始めています。

会社が今年始めた社内認定制度では、若手12名が上位資格取得に向けた研修へ参加しており、顧客からも「若手担当者の提案力が上がっている」という評価が出ています。

また、営業部門が持つ15億円の案件パイプラインのうち約6億円は、既存顧客からの追加案件で、受注確度は比較的高いと見られています。

つまり、現在の人材投資は単なるコストではなく、将来の売上能力、顧客維持、技能承継、企業価値につながる可能性があります。

一方で、採用12名が計画どおり集まる保証はなく、採用後の定着率や教育期間にも不確実性があります。

ここで考えてみましょう

問1
現在は利益・Cashともに良好です。それでも、営業利益が一時的に大きく低下することを受け入れて、経験者採用・既存社員の賃金改定・教育体制整備を今から進めるべきでしょうか。実施時期や規模を判断するうえで、財務数値だけでなく、どの事実を確認する必要があるでしょうか。

問2
「12名を一括採用して賃金制度も改定する」「採用を段階化する」「外注を増やす」「案件を選別する」「価格改定で人件費増を吸収する」など複数の選択肢があります。顧客関係、既存社員の公平感、技能承継、採用後の戦力化、将来案件、金融機関から見た財務安全性まで含めると、どの条件が揃えばどの選択肢が合理的になるでしょうか。

今日は問題編です。結論は示していません。

ポイントは、現在のPLだけではなく、現在の利益を生み出している人材構造が数年後も維持できるのか、今の費用増が将来の収益能力を作る投資なのか、それとも固定費だけを増やすことになるのかを考えることです。

次回の解答編では、短期利益・Cash、採用・離職、技能承継、案件パイプライン、顧客維持、外注可能性などを横断し、複数シナリオで経営判断を整理します。

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