経営判断ケース 2026-09-11
顧客対応を続けるほど、社員が消耗する?
SIEのカスタマーハラスメント方針から考える「顧客満足」と従業員保護の境界
今日は金曜日なので、人事・労務 × 顧客対応リスクをテーマにします。
苦情や厳しい意見は、商品・サービスを改善するための重要な情報です。一方で、現場が「お客様だから」と対応を続けすぎると、長時間拘束や威圧的な言動、過剰な補償要求などによって、担当者の負担が急速に大きくなることがあります。
今回のケースは、ソニー・インタラクティブエンタテインメント(SIE)が2026年9月1日に公表した「カスタマーハラスメントに対する基本方針」です。
SIEは、顧客の声をサービス向上に活かす姿勢を示す一方、社会通念上相当な範囲を超えた言動や要求から社員の人格・安全を守る必要があると明確にしました。
カスタマーハラスメントの例として、
- 執拗に繰り返される、または長時間に及ぶ要求
- 過剰・不合理な補償や謝罪の要求
- 暴言、脅迫、中傷
- 商品・サービスと関係のない要求
- 威圧的な態度や土下座の強要
- 社員個人に対する攻撃や要求
などを挙げています。
さらに、該当する行為が確認された場合は、顧客対応を制限・中止することがあり、必要に応じて警察や弁護士と連携し、法的措置等も検討するとしています。
この動きには制度面の背景もあります。
2026年10月1日から、カスタマーハラスメント対策はすべての事業主に義務化されます。厚生労働省の調査では、過去3年間に「顧客等からの著しい迷惑行為」について労働者から相談があった企業・団体は27.9%。被害としては「通常業務の遂行への悪影響」63.4%、「労働者の意欲・エンゲージメント低下」61.3%が挙げられています。
つまり、これは単なる接客マナーの問題ではなく、人材定着・生産性・顧客対応品質・事業継続まで関係する経営課題です。
ここで考えてみましょう
Q1. 正当な苦情・厳しい意見と、対応を制限・中止すべきカスタマーハラスメントの境界を、現場が迷わず判断できるようにするには、どのような基準が必要でしょうか。
Q2. 担当者に「できるだけ最後まで対応してください」と求める運用と、「一定条件を超えたら上司への移管・対応終了ができる」運用では、顧客満足・従業員保護・企業リスクのバランスはどう変わるでしょうか。
解説
1. 問題は「苦情を減らすこと」ではなく、対応の境界が曖昧なこと
企業にとって顧客の不満や苦情は重要な改善情報です。そのため、すべての厳しい意見をハラスメントとして扱うべきではありません。
一方で、現場に判断基準がなく「お客様が納得するまで対応する」という運用になっていると、担当者によって対応時間や許容範囲が変わります。結果として、対応が長期化しやすく、問題が深刻化してから管理者へ上がる構造になります。
判断基準では、要求の内容と要求の手段・態様を分けて考えることが重要です。
たとえば「商品の不具合を直してほしい」という要求自体は妥当でも、同じ説明を何時間も繰り返させる、担当者個人を攻撃する、といった行為まで許容する必要はありません。
2. 現場に必要なのは「我慢する力」ではなく、エスカレーションの権限
実務では、次のような段階を決めておくと判断しやすくなります。
通常対応 → 管理者へ移管 → 対応方法・時間を制限 → 対応終了 → 法務・警察等への連携
重要なのは、「どの状態になったら次の段階へ進んでよいか」を事前に決めることです。
例えば、
- 同じ要求が繰り返される
- 一定時間を超えて拘束される
- 人格攻撃や威圧的言動が始まる
- 権限を超える補償を要求される
- 担当者個人への接触を求められる
といった条件を設定し、担当者自身が移管を申し出られるようにします。
「上司に相談したら対応力不足と思われる」という空気があると、制度を作っても機能しません。管理者への移管を失敗ではなく標準プロセスとして設計する必要があります。
3. 顧客満足と従業員保護は必ずしも対立しない
対応時間が長いほど顧客満足が高まるとは限りません。
現場が疲弊すると、通常の顧客への応答速度や説明品質が落ち、他の業務にも影響します。厚生労働省の調査で「通常業務への悪影響」が63.4%に達している点は、この問題が個人だけではなく業務全体へ波及することを示しています。
したがって、見るべき指標も単なる「苦情件数」だけではありません。
対応時間、再入電・再問い合わせ率、管理者移管件数、担当者の欠勤・離職、通常問い合わせの待ち時間、同一問題の再発件数などを組み合わせて見る必要があります。
4. 2026年10月1日までに確認しておきたいこと
厚生労働省は、事業主に対して、方針の明確化・周知、相談体制の整備、事実確認と被害者への配慮、再発防止、悪質事案への対処方針などを求めています。
制度対応として規程を作るだけでは不十分です。
実際に確認したいのは、現場が「ここから先は一人で対応しなくてよい」と判断できる状態になっているかです。
顧客対応、営業、店舗、コールセンター、保守サービス、取引先対応など、顧客・取引先との接点がある部門ごとに、実際のケースを使って判断基準を確認しておくことが有効です。
経営上の示唆
カスタマーハラスメント対策は、「問題のある顧客を排除する仕組み」ではありません。
正当な顧客の声には丁寧に向き合いながら、社会通念を超える要求から働く人を守る境界を組織として決めることが本質です。
現場個人の忍耐力に依存する企業よりも、対応基準・移管ルール・相談体制が明確な企業のほうが、長期的には顧客対応品質と人材定着の両方を維持しやすくなります。
参考資料
ソニー・インタラクティブエンタテインメント「カスタマーハラスメントに対する基本方針について」(2026年9月1日)
https://www.playstation.com/ja-jp/support/customer-harassment/
厚生労働省「従業員を守るために ― カスタマーハラスメント対策の新ルール」(2026年8月20日)
https://www.mhlw.go.jp/web_magazine/series/20260820.html
※本記事は公開情報をもとに経営判断を考えるために構成したケースです。個別の法律判断については、必要に応じて専門家へ確認してください。

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