財務諸表ケース【問題】 2026-09-05
売上は計画に近い。それでも、このM&Aは本当にうまくいっているのか
今回は、買収後1年目のM&A評価を題材にしたケースです。
単に「売上が増えた」「営業利益率が下がった」と見るのではなく、買収価格、想定シナジー、借入返済、運転資金、Free Cash Flowまで含めて、この買収が企業価値を生んでいるかを考えてみてください。
※以下は学習用に作成した架空ケースです。
1. 買収時の計画
産業機械部品を扱うA社は、保守・メンテナンス事業を持つB社を12億円で買収しました。
買収資金
- 買収価格:12億円
- 自己資金:3億円
- 銀行借入:9億円
- 借入期間:7年
- 金利:年1.8%
- 年間元金返済:約1.29億円
- 初年度利息:約0.16億円
- 初年度元利返済:約1.45億円
B社の買収時純資産等を時価評価した結果、A社の連結BSにはのれん4.5億円が計上されました。
A社が狙っていたこと
B社の既存顧客へA社の商品を販売し、A社の既存顧客へB社の保守サービスを販売することでクロスセルを進める計画でした。
さらに、仕入先統合と本社管理部門の共通化でコスト削減を狙っていました。
買収1年目の当初計画
| 項目 | 計画 |
|---|---|
| B社既存売上 | 18.0億円 |
| クロスセル増収 | 4.0億円 |
| 買収事業売上 | 22.0億円 |
| EBITDA | 3.0億円 |
| EBITDA率 | 13.6% |
| 営業CF | 2.4億円 |
| 維持・統合CAPEX | 0.4億円 |
| Free Cash Flow | 2.0億円 |
| 年間元利返済 | 1.45億円 |
| 返済後Cash創出 | 0.55億円 |
シナジーの内訳は、
- クロスセルによる粗利増:0.9億円
- 共同購買による原価削減:0.4億円
- 管理部門統合による固定費削減:0.2億円
を想定していました。
A社は、12億円の買収価格に対して年間2億円程度のFree Cash Flowを生み、約6年で投資回収できるという前提で買収を決定しました。
2. 買収1年後の実績
1年後、売上は大きく崩れていません。
しかし、経営会議では「売上は計画に近いのだから、買収はおおむね成功ではないか」という意見と、「Cashを見ると評価はかなり違う」という意見に分かれています。
PL・事業実績
| 項目 | 計画 | 実績 | 差異 |
|---|---|---|---|
| B社既存売上 | 18.0億円 | 18.9億円 | +0.9億円 |
| クロスセル増収 | 4.0億円 | 2.6億円 | ▲1.4億円 |
| 買収事業売上 | 22.0億円 | 21.5億円 | ▲0.5億円 |
| EBITDA | 3.0億円 | 2.2億円 | ▲0.8億円 |
| EBITDA率 | 13.6% | 10.2% | ▲3.4pt |
売上そのものは計画比約98%ですが、
- 共同購買による原価削減:計画0.4億円 → 実績0.15億円
- 管理部門統合効果:計画0.2億円 → 実績0.10億円
- クロスセル:計画4.0億円 → 実績2.6億円
となっています。
また、買収後に顧客離反を防ぐため長めの支払条件を認めた案件が増え、部品欠品を避けるため安全在庫も積み増しました。
3. BSで起きている変化
| 項目 | 計画 | 実績 |
|---|---|---|
| 売掛金 | 3.3億円 | 4.2億円 |
| 在庫 | 1.8億円 | 2.6億円 |
| DSO(売掛回収日数) | 55日 | 70日 |
| 在庫日数 | 42日 | 60日 |
| のれん | 4.5億円 | 4.5億円 |
| 買収借入残高 | 7.71億円 | 7.71億円 |
つまり、利益だけでなく、売掛金と在庫にCashが滞留している状態です。
A社単体の現預金も、買収直後の5.0億円から3.4億円まで減少しました。
4. CFで見るとどうか
| 項目 | 計画 | 実績 |
|---|---|---|
| EBITDA | 3.0億円 | 2.2億円 |
| 運転資金・税金等反映後の営業CF | 2.4億円 | 0.9億円 |
| CAPEX | ▲0.4億円 | ▲0.7億円 |
| Free Cash Flow | 2.0億円 | 0.2億円 |
| 元利返済 | ▲1.45億円 | ▲1.45億円 |
| 返済後Cash | +0.55億円 | ▲1.25億円 |
不足したCashは、A社本体の現預金から補っています。
つまり、PL上ではEBITDA2.2億円を確保していますが、買収事業自身が生み出したCashだけでは借入返済を賄えていません。
5. 追加で予定している投資
A社は現在、B社のサービス拠点拡大のため、翌年度に追加4億円の投資を検討しています。
計画では、この投資によって3年後までにさらに売上5億円、EBITDA1億円の上積みを見込んでいます。
一方、既存の買収借入は今後も毎年約1.3億円の元金返済が続きます。
銀行からは、次回の融資審査に向けて、
- 買収後のCash創出力
- 運転資金の増加理由
- シナジー実現状況
- 今後の返済余力
について説明を求められています。
ここで考えてみましょう
問1
このM&Aを、買収1年目の現時点で「成功」「計画未達だが改善可能」「買収価格に問題がある」のどのように評価しますか。
売上やEBITDAだけでなく、
- 12億円という買収価格
- 計画していたシナジー
- 営業CF
- Free Cash Flow
- 元利返済
- 売掛金・在庫
- A社本体の現預金
をつなげて考えてみてください。
また、どの数字を見れば「利益は出ているが、実は良い買収ではない」という状態を見抜けるでしょうか。
問2
翌年度の追加4億円投資は、このまま進めてもよいでしょうか。それとも、まず既存買収の改善を優先すべきでしょうか。
進める・延期する・規模を縮小する、のいずれかを選ぶとしたら、どのような条件を置きますか。
例えば、
- クロスセル売上
- EBITDA
- DSO
- 在庫日数
- 営業CF
- Free Cash Flow
- 返済後Cash
- 現預金残高
を、どの水準まで改善できれば追加投資に進めるか考えてみてください。
今日は問題編なので、結論と改善策はここでは示しません。
明日の解答編では、
計画 → 実績差異 → シナジー未達 → 運転資金増加 → Cash創出低下 → 借入返済 → 追加投資余力
の順に因果関係をつなぎ、
- この買収価格は現時点で妥当だったのか
- どこを改善すれば買収効果を取り戻せるのか
- 追加4億円投資へ進める最低条件は何か
- Base/DownsideでCashと返済余力がどう変わるか
まで整理します。

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